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短編小説 -「こんにちは」-


----- 「こんにちは」-------


ある日のこと、小学生になったばかりの娘が

「おかあさん、あのね、木が私に話しかけるの」

「ふーん、なんていうの」

「えーと、『こんにちは』って」

「それでみーちゃんは、なんて答えるの?」

「私も『こんにちは』っていうよ」

「ちゃんと挨拶できて偉いね~」

私はきっと娘が想像して遊んでいるのだろうと思い、

何気なく娘との会話を楽しんでいた。

「みーちゃん、今日はあの木はなんか言っていた?」

「ん~っと、やっぱり『こんにちは』っていってた」

「その木はこんにちはしかいえないのかな~」

「だから、みーちゃんがいろんな言葉教えてあげるんだ」

「そうなんだ、一杯言葉覚えたら、お話できるかもね」


その時ふっと思い出した。

私が育ったあの町のあの木のことを

私が子供時代を過ごしたのは、緑豊かな小さな町で

私の家から小学校までは、3Kmほどだったと思います。

家から学校までの道のりには、小さな森や神社、小川に掛かった小さな橋

があり、私はその道のりが大好きでした。

その中でも神社の入り口にある、大きな木は私のお気に入りでした、

名前も知らない木でしたが、立派に神社の入り口を守っていました。

私はその木の前を通ると必ず「こんにちは」って声をかけていました。

木は何も答えてくれませんでしたが、なぜか心に暖かいものを感じていました。

そして小学校を卒業すると同時に父の転勤で東京に引っ越しし、

そしてだんだんとあの小学校への楽しいみちのりも、あの木のことも

記憶の底に沈んでいきました。


「みーちゃん、その木ってどこにあるの」

「公園のそばの神社のところだよ」

「神社・・・」

私はその木に会ってみたくなりました。

「今から見に行こうか、お母さんもみーちゃんをよろしくねって挨拶しないとね」

「いこう、いこう」

娘は得意げに私の手をとりぐんぐんと引っ張っていきます。

見慣れた公園を過ぎ、左に曲がったところに、ありました

神社といっても鳥居と小さな祠があるだけの空き地のようです

「この木」

と言って娘が指差した先に大きな木がぽつんと立っていました。

「おかあさんです」

娘は言い、ぺこって頭を下げた

私はなぜかとても懐かしい気持ちで一杯になった。

そして、あの頃と同じように言った。

「こんにちは」

私には木の言葉は聞こえなかったけれど

あの頃と同じように心に暖かいものが流れ込んでくるのを感じました。

そしてもう一度

「こんにちは、娘をよろしくお願いします」










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